欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

真理の世界

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

今日も、佐藤康行著「たった2日であなたを神に目覚めさせてみせる」より抜粋します。

「光だけが真実」

光と闇とは決して同居できない。

光の世界に闇は存在できないのである。

心もそれと同じで、真我が現れていないところに業やカルマが存在するのであり、

真我そのものになれば、もう業やカルマは存在できないのである。

もし光と闇を相対させたら、絶対に闇は光には勝てない。

なぜなら、闇が光を消してしまうことはあり得ないからだ。

つまり、このことから、どちらが存在するもので、どちらが存在しないものかが分かる。

光こそが真実、実相であり、闇は仮相なのだ。

神の心と人間の業の心が相対したら、業の心は消えてなくなるのである。

業の心は真実ではない、架空のものだからだ。

人間が、業の世界で生きるのか、神の世界で生きるのかは、

神から見ればどちらでもよいことである。

人類が自らの首を絞めて滅んでいくとしても、

それはただ自分たちがやったことが戻ってくるという事実があるだけであって、

神が計画したわけではない。

今のまま進んで人類がこの地球にいられなくなるか、

それとも神に戻ろうとして地球に長く住まわせてもらうかは神から見たら同じことだ。

長生きするのも、自殺をして早くこの世を去るのも、

神奈は一切関係のないことであり、全部自分の意志が自分に戻ってくるというだけのことだからだ。

人類が地球上に誕生して数百万年といわれているが、

これは約四十六億年といわれる地球の歴史から見れば、瞬きをするほどの瞬間に過ぎない。

また、恐竜が生存していた期間と比べても、人類の歴史は極めて短い。

恐竜は環境に適合できなくなり絶滅したそうだが、

人類も頭脳ばかりを発達させ、魂を磨くことを怠っていると

かつての恐竜と同様、地上から姿を消す運命をたどっても何ら不思議ではない。

たとえ人類が滅亡したとしても、人類にかわる新たな生命体がこの地上に誕生することであろう。

しかし、それすらも、神から見ればごく自然な流れの一部にすぎないのである。

地球は決して人類のものではない。

人類は、地球というこの惑星に、一時的に住まわせてもらっているだけなのである。

その事実を謙虚に受け止め、地球の法則にしたがうことに徹すれば、

人間がこの地球上に永続的に生息することは可能なのである。

地球の法則、宇宙の法則に則ることのできる能力は、

決して特別な能力ではなく、それは私たち人類全員に最初から与えられている能力なのである。

そして、その能力を発現させる唯一の方法は、私たち自身の内なる宇宙、真我に目覚めることなのである。

以上、学長書籍より・・・

真我で生きるということ、神(生命体を創造した)の意思に沿って生きることを

学長のお話を聞いて、実践しています。

自分の認識を正しいと判断しないこと。

認識に振り回されないこと。

三日月を真実だと思い込まないこと。

今日、自分の認識の在り方に新たな疑問がわいきてきました。

相手が、常識を踏み外した行動をとっているとき、どう対応すればいいのか?

満月という前提を持ちながら、自分の認識が負に捉える現象に対しては

どのように認識を持ち、どのような行動をとるべきなのか。

明日から東京で学長による宇宙の真理のセミナーがあります。

自分の疑問をしっかりと整理して、直接質問をして、心に明確に落として帰りたいと思います。

「私の満月物語」

学長の「第一回目の宇宙の真理」は私にとってかけがえのないものになっています。

何度聞いても飽きません。

とにかく凄い。

妻に対してまだ振り回されている自分の認識がこの真理を聞くことで

変わってきました。

真理を追究することで、自分の悩みは自然に消えていくと学長が言われていたことがどんどんわかってきました。

相手をひどいと認識したとき、それはその時の自分の心の状態、相手の状態で全く違ってきます。

その時の一瞬の状態をそのように捉えているに過ぎない。

私たちの心と肉体は川の流れに過ぎない。

全ては無い。

全ての現象は仮相であり、真我、愛しかないと明確に心に落ちたとき

全ての苦しみは一瞬で消え去る。

ただただ、すごい世界です。