欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

完全になること

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

今日も佐藤康行著「魂の開発講座」より抜粋してお伝えします。

 

「完全になって、不完全を見るのである。

 

不完全から完全を見たら、完全が不完全に見える。

 

眼鏡が凹凸だったら、真っ直ぐなものでも、曲がって見える。

 

だから、不完全から完全を見ても完全に見えないのである。

 

人間から神様を見ても、絶対に神様は分からないのである。

 

いくら見ても分からない。

 

頭で考えたって分からない。

 

どうしたらいいかというと、完全になることである。

 

完全になって、不完全を見ることである。

 

そして完全から自分の、今までの不完全を見るのである。

 

そうすると、本質がすぐ分かる。

 

キリスト教で、“神の子、罪の子”とよく言う。

 

これはどういうことかというと、本当は神の子であるあるのだけれど、

 

人間はそのことを自覚しないことが罪になるということである。

 

神様のようにいかないのである。

 

簡単に言うと、自分勝手にやってしまうのである。

 

だから、全員神の子であり、罪の子であると言っていいのである。

 

人の欠点は見なくていい。

 

長所を見ることである。

 

「あなたは駄目だから、これを治せ!」というより、

 

「あなたは素晴らしいから、これを伸ばしなさい」といった方が人間頑張るのである。

 

私は素晴らしいというのは、いいことなのである。

 

「私は素晴らしい人間なのです」と自覚することが、本当は一番謙虚なのである。

 

 

「私の満月物語」

 

メディアで、人を騙して高額なお金を手に入れ、そのお金で異性と付き合っていた

 

情報を目にする。

 

今までの自分は、「なんという愚か者」という見方で、軽蔑のまなざしを向けていた。

 

この人は愛の代償に人を騙してお金を手に入れ、

 

お金と引き換えに愛を手に入れようとしている寂しい方なんだ

 

と思える自分がいる。

 

学長が言われる全ては愛の叫びであるということが見えてくる。

 

真理の世界には、業・カルマはない。

 

その人の奥にある光だけを見つめていきたい。

 

光の存在になりたい。

 

真我の実践があるのみ。