欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

満月の法則と達観すること

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

新聞記事より抜粋します。

『「月の砂漠」の老夫婦』

「月の砂漠をはるばると旅のらくだが行きました」。

童謡「月の砂漠」に魅せられている。

たまたまテレビに流れた歌詞を見て、老夫婦がこうだったらとつくづく思ったからだ。

先の鞍に乗っているのは王子様ではなくおじいさんで、後ろの鞍には当然おばあさんだ。

二人は人生という砂漠を、らくだという名の運命に揺られながら、とぼとぼと進んでいく。

それぞれひもで結ばれた銀の甕と金の甕には、年寄二人の大切な思い出が詰まっていてほしい。

月の夜、二人は黙って砂丘を越えていく。

黙っているのは、言葉がなくても十分にお互いを理解し合っているからだ。

もはや子供向けの歌ではない。

ともに年月を重ねた夫婦の姿を歌っている気がする。

「広い砂漠をひとすじに二人はどこへ行くのでしょう」。

どこへ行くかはわからなくても、達観している二人は前に進む。

いろいろあったから、少々のことでは動揺しないのだ。

夫への不満。

老いや病気に関する不安。

私の心はいつもざわつき、穏やかな気持ちを保つことは難しい。

曲解でもいい。

私にとって「月の砂漠」は、夫婦の理想の姿を思い浮かべさせてくれる歌なのだ。


愛知県、主婦 69歳

この記事を読んで、達観という言葉が心に残った。

これこそ、満月の法則で生きる人生のことを言っている気がする。


月刊ニュースレター、VOL205学長の言葉より

「最初から全て吉報」

「満月の法則」という私の本をご存知ですよね。

おかげさまで発売から3か月足らずで10刷までなっています。

増刷に次ぐ増刷で各地の書店でベストセラーになっています。

その「満月の法則」の“満月”です。

向こうから「苦しい」「つらい」という「三日月」にしか見えないようなことが来ても、

三日月は無いわけです。

本来は満月しかない、まん丸なお月様しかないわけです。

ですから、先ほどの過去の出来事を「これで良かった」とやっていたことを

「前に持ってくる」のです。

前に持ってきて、向こうからくる「苦しい」「辛い」を良かったこと、

すなわち、向こうからくる「苦しい」「つらい」は素晴らしいことだ、

吉報だ、満月だ、と自分のところに来る前にそう受け止めていくのです。

向こうから「苦しい」「つらい」が来る前に、もうそれは吉報だ、満月だ、

としてキャッチする…ということができたなら、スゴイと思いませんか。

できたら・・・ではなく、できます。

クレームの電話が鳴っても、ネガティブな情報を持ってきた人がいたとしても、

向こうからくる時点で「素晴らしい」「吉報だ」とそれを受け止めることができるのです。

最初は意識的に「まんげつ、まんげつ・・・」と心の中で唱えたりしながら受けてみたり、

目の前の相手が話そうとして口を動かした瞬間に「吉報が来る!」と

意識的に思うようにしてもいいでしょう。

とにかく、向こうから自分に来る前に「吉報だ」「満月だ」とするのです。