精神世界の旅が終わり、真我で出発します

命は一つ

今日もメッセ―をお読み頂きありがとうございます。
今日も新聞記事より抜粋してお伝えします。
「命つなぐ覚悟『役』にも変化」
俳優  木村多江

数年前から、近くの農園に家族で出かけ、野菜や果物を収穫させてもらっています。
初めて手にしたキュウリの深い緑色。
水洗いもせず、ズボンで少し拭っただけで、ガリっとかじったときの歯ごたえと香り。
こんな豊かな食べ物があるんだ、と気づきました。
きっかけは、近くの公園で子どもと一緒に土を触ったことでした。
自分も幼いころ、庭のビワの木に登り、夕焼けを眺めていた。
我を忘れて夢中になった幸せな記憶を思い出したんです。
しかも、虫が好きで。
アオムシを手のひらにのせ、指でなでていました。
あんなにきれいな緑色って、ない。
命あるものの色は、本当に美しいです。
大人になった自分が忘れていたものでした。
ただ生きることに、一生懸命で。
道ばたの小さな花でも、身近に豊かさはある。
なのに、いっぱいいっぱいで、気づかなくなっていました。
生きていく覚悟を決めることと、小さな自然にも
何かを感じられる心のゆとりは、つながっていると思います。
自然って、自分を立ち止まらせ、元に戻してくれる存在なんでしょうね。
芸能界は華やかなイメージかも知れませんが、
健康でいるのが難しい不規則な日常です。
私は20代のころまで、生きることにもがいていました。
睡眠も削り、自分を痛めつけるようなところがありました。
人と話すのが苦手で、心にたまったものをはき出せる場所が欲しかった。
それが舞台でした。
心の持ちようは、その人のふるまいにも表れるのでしょう。
若いころは、死んでいく役が多かったです。
木になって死ぬという役では、顔に特殊メイクをして木になりました。
愛する人が森で命を絶ったという設定でした。
自分も自然と一体になることで、その人とも一緒になれる「喜び」を
意識して演じたのを覚えています。
ただ、「不幸な役なら木村多江」といわれるのは、うれしいことでした。
自分にしかできないお芝居をしたかったので。
生き残れる役が増えたのは、30代になってからです。
自然の存在に気づく大きな体験の一つは、病室の窓から見た世界でした。
出産のときに半年以上入院しました。
木と空だけが外の世界の全てでしたが、毎日朝が来て、
雲は形を変えていくんだ、と。
そしてもう一つは、桜の時期に49歳で逝った父の死でした。
21歳だった私は、美しいはずの桜の花を見るのも苦しかったけど、
花の後で命をつなぐ新緑は、素直に目に入ってきた。
父から渡されたバトン、父よりも長く走って私がつながないと。
しばらくたって、ようやくそんな覚悟ができたから、
役としても生き残れるようになったのかなと思います。
 
『達人の会福岡支部・満月笑顔の会のお知らせ』
期日  5月14日(日曜日)
時間  13時~17時
場所  福岡中央市民センター
会費  1000円(達人の会の会員500円)