欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

瞑想で生きる

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

今日は佐藤康行著「一瞬で宇宙と一つになれる真我瞑想」より抜粋してお伝えします。

 

この書籍のあとがきに次のような文章があります。

 

私が真我開発のお手伝いを心の学校で約20年間行ってきた中で、

 

瞑想やそのやり方についての質問は非常に多く頂きました。

 

そういう話題になるとき、とかく、呼吸の仕方や座り方といった技術や、

 

黄金色が見えた、仏様が見えた、宇宙空間に飛び出した、

 

などといった実体験が話題になると、どうしてもそういった現象に焦点があってしまいがちです。

 

そして、そのような神秘現象を体験することが瞑想であり、

 

また、そうでなくてはならないという観念が生まれがちです。

 

それに対して、「私は、別に何か見えるというわけじゃないけど、

 

いつも瞑想しているようなものですよ

 

「今、こうして皆さんの真我開発を全力で行っていることが、

 

もうすでに瞑想状態なのですよ」ということを話します。

 

もちろん、正しい瞑想法を実践している過程で、深い意識状態に入った結果として、

 

色や、その方の記憶に基づいた映像が現れたりすることは、よくあることです。

 

しかし、それが良いわけでも悪いわけでなく、あくまでも、

 

ある意識状態の結果として現れた現象であって、その現象が瞑想そのものではないということです。

 

瞑想状態とは、まさに真我に目覚め、真我で生きている状態そのものなのです。

 

私たちが普通に日常生活を真我の心で生きているその状態が、瞑想状態なのです。

 

日常のリアルの中で、真我を顕現していくことが最も重要なのです。

 

本書の中でも十分解説してきたとおり、私たちが捉えている世界、

 

私たちの頭の中に浮かんでくるすべての実体は「無い」のです。

 

その実体の無い、観念上の現象に焦点を当てると、

 

知らないうちに現実に生かせない、はき違えた癒しであり、

 

現実逃避に走ってしまう危険性があるのです。

 

 

「私の満月物語」

 

私は瞑想を座ってやるものだと勘違いしていた。

 

この内容に衝撃を受けている自分がいる。

 

最近、天が動いているとしか考えられないことにしばしば遭遇する。

 

「無い」「愛の光」の真我瞑想で、認識世界に捉われない、透明に近い心が

 

そのような現象を呼んでいるのかなと思う。

 

何かしているときにふっと、あれ瞑想していると気がつくことがる。

 

やっと真我の実践が出来るスタートラインに立てたのかもしれない。

 

下関の西森さんの主宰される達人の会「満月笑顔福岡の会」を立ち上げた。

 

西森さんが次のようなメールを下さった。

 

 

 

私の今の状態は、自分で決めたレール

 

(チーム達人で真我の実践集団を拡充する。地方に拠点を創る。)の上を、

 

汽笛を鳴らしたりしゅっしゅっと

 

蒸気を吐き出したりしながら

 

出会う人みんなに

 

客車の開いたドアから飛び乗ってくださいと

 

徐行運転をしている

 

そんな状態かな?

 

 

私もこの蒸気機関車に飛び乗った。

 

世界を変える

 

やってやる!