欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

心が環境をつくる

今日も佐藤康行著「魂の開発講座」より抜粋してお伝えします。

「私は心が一度死んでしまったのである。

それで私は必死に何とかしようとして、心のドアを開いたのである。

自分の心が変化しただけなのに太陽の光が燦々と入ってくるようになったのである。

電話はどんどん鳴るし、人はたくさん訪ねてくるようになるし、

自分自身も売れっ子になり、会社はどんどん伸びていくイメージが浮かんだのである。

そして、実際にその通りになったのである。

今は自由自在である。

本を何冊も出すことが出来るようになったのである。

虚しくならないことは自分の魂を素晴らしいものにしていくことである。

魂は無限なのであるから、生涯虚しくならないのである。

もう一つは人に喜んでもらって、自分も喜ぶ、つまり調和なのである。

死ぬときに“死なないで、好きだよ”という声が聞こえるということは

どういうことかと言うと、自分がそういう心があるからなのである。

そういう愛の心があるから声が聞こえてくるのである。

自分に人を疑う心があれば聞こうにも聞けないのである。

自分にとっては心が環境になるのである。

つまり、自分の心がこれから先の環境になるのである。

そして、人の集まりは心の集まりとなり、

自分の心に合った環境がつくり上げられていくのである。

類は類を呼ぶというが、自分が良い心になれば、良い心の人が集まってくるのである。

そして、自分が素晴らしい心になるのである。

人を変えようとするのではないのである。

それは無駄な努力である。

即ち、人は自分の意志で変わることは受け入れやすいが

人に変えられるのは嫌うものなのである。

良い声を聞くには、まず、自分が良くなることである。

無心になることである。」


「私の満月物語」

ブッダが唱えられたダンマパダの50に次のような内容が載っている

「他人の過ちや、したこと、

しなかったことなど、

見る必要はない。

自分を観るべきだ。

なにをしているか、

なにをしていないのか、と。」

初めて見た時は全く分からなった。

学長に出会ってやっと意味が理解できた。

同じくダンマパダの1には心について学長が言われている同じ内容のものが載っています。

「あらゆるものの中で、先立つものは心である。

あらゆるものは、心を主とし、

心によってつくりだされる。

もしも汚れた心で話したり行ったりするならば

苦しみはその人につきまとう。

荷車を引く牛に車輪がついていくように。

もう一度自分の心に繰り返したい。

「自分の心が環境をつくる」

良い声を聴くには、まず、自分が良くなることである

無心になることである」