欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

因縁を超越する

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

今日も佐藤康行著「ほんとうの自分、ほんとうの人生」より抜粋します。

☆先祖の「因縁」は超越できる

今の自分が白星になれば、先祖の因縁まで白星にすることができます。

たとえ、先祖にとんでもない人がいたとしても、今自分が生きているのは、

先祖がいたからなのですから、そのことに感謝すると、因縁が白星に変わってゆくのです。

「因縁」とはいったいなんであるのかを考えてみます。

「因」というのは、タネと読むのです。

「縁」というのはエン。

桜の種や牡丹の種やチューリップの種からは、

それぞれ桜と牡丹とチューリップにしか咲かないようになっています。

種の段階で将来どういう花が咲くのか、設計図が決まっているのです。

それが「因」です。

因子。

これは先祖からいただいたものです。

しかし、この種は縁に恵まれなければ咲かないのです。

種を机に置いたままにしても咲くことはできません。

土との縁、水との縁、太陽との縁、肥料との縁、あらゆる縁に恵まれて花が咲くのです。

これらの縁に恵まれて初めて、この種が生きてきます。

因子が生きてきます。

人間も同じです。

人間も種と同様、先祖から頂いた性格という因子がありますが、

人と人との出会いによってその因が花に変わるのです。

ですから、因縁はそんなに難しく考える必要はありません。

とかく因縁は、悪いものとして捉えられる場合が多いのですが、

悪いよいということが問題ではありません。

わかりやすく表現するならば、心の癖と言ってもいいでしょう。

例えば、親がガンになったら自分もガンになるとか親が高血圧だったら

自分も高血圧になる、などと言われています。

なぜそうなるかと言いますと、親と子どもとでは性格が似ているからなのです。

ただ、それだけです。

性格が似ているから、同じような病気になるのです。

因縁は生かすこともできるし、超越することもできます。

しかし、ほんとうのことを知らなければそうはなりません。

過去は自由に変えられるのです。

過去の事実は変えられないけれども、事実がどうであったかは、

ほんとうは私たちにとって問題ではないのです。

事実をどう受けとめるかが重要なのです。

例えば、あなたにとって気にくわない人がいたとします。

ふだん意地悪ばかりして、嫌なやつだと思っていても、

後になってあの人の行為は実は愛だったのだと思えば、全く別の見方に変わります。

事実が存在した、というのではなくて、その事実がよかったか悪かったかが問題なのです。

今まで悪い事実だと思っていたのが、よい事実だと思うことができれば、

過去の体験は全部よかったということになるのです。


「私の満月物語」

病院に行くと必ず親の病歴を尋ねられます。

私は、真我の講座を受け、学長のお話を何度も聞いているのにもかかわらず

親の病気の傾向は致し方のないものと受け止めていました。

病気はの原因はすべて心が作り出すものだと分かってから

上記の学長の文章がスッと心に落ちました。

真我の心を引き出せば因縁さえ断つことができる。

満月の法則を紹介していくとき、とても大きな説得の宝物を手に入れることができました。