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欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

光を見つめる

 

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

連休中、ブログの記事を書く欄に変更があり、新しい記事を

書くことができませんでした。

問い合わせの返信も連休のため頂くことができず、今日から新たにスタートします。

5月6・7日と福岡で真我瞑想コースに参加しました。

「無い、愛の光」瞑想から心と体が全く変わったきたことの意味が

この講座を受けて、自分の中ではっきりとできました。

真我で生きるためにやるべきことが自分の中で明確になりました。

14日に達人の会福岡支部を立ち上げます。

満月笑顔福岡の会です。

この記念すべきスタートの会で、この一年間学長から学んだことの全てを出し切ることが出来そうです。

自信が湧いてきました。

一人でも多くの方にご参加して頂きたい思いがあります。

自分とつながっている方にはチラシを作って案内状を出します。

こんな気持ちになったのは初めてです。

佐藤康行著「日本人が世界を救う」より抜粋してお伝えします。

「光だけを見よー見つめたものは大きくなる」

物事には、光の部分と影の部分があります。

もしあなたが、その光の部分だけを見つめ続けたら、

その光はどんどん大きくなることでしょう。

人を教育する職業の方は、お分かりいただけるかと思います。

学生でもいいし、新入社員でもかまいません。

その人の良い面は何かを見つけ、その部分をほめ続けてください。

「スポーツができる」「手先が器用」「返事が良い」

なんでもかまいません。

とにかく、本人自身も気づかなかったようなことを見つけ、ほめてあげるのです。

そして、欠点は絶対に指摘しないようにします。

こうしたことをしばらく続けてください。

よほどのへそ曲がりでない限り、その人はあなたになつくようになるでしょう。

そして、あなたに指摘された部分を伸ばすよう、努力することでしょう。

もし何か欠点があったとしても、その部分はだんだん影が薄くなり、やがて目立たなくなるでしょう。

つまり、光が影を圧倒したのです。

 

『達人の会福岡支部・満月笑顔福岡の会のお知らせ』

期日 5月14日(日曜日)

場所 福岡中央市民センター

時間 13時~17時

会費 1000円(達人の会の会員500円)

 

瞑想で生きる

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

今日は佐藤康行著「一瞬で宇宙と一つになれる真我瞑想」より抜粋してお伝えします。

 

この書籍のあとがきに次のような文章があります。

 

私が真我開発のお手伝いを心の学校で約20年間行ってきた中で、

 

瞑想やそのやり方についての質問は非常に多く頂きました。

 

そういう話題になるとき、とかく、呼吸の仕方や座り方といった技術や、

 

黄金色が見えた、仏様が見えた、宇宙空間に飛び出した、

 

などといった実体験が話題になると、どうしてもそういった現象に焦点があってしまいがちです。

 

そして、そのような神秘現象を体験することが瞑想であり、

 

また、そうでなくてはならないという観念が生まれがちです。

 

それに対して、「私は、別に何か見えるというわけじゃないけど、

 

いつも瞑想しているようなものですよ

 

「今、こうして皆さんの真我開発を全力で行っていることが、

 

もうすでに瞑想状態なのですよ」ということを話します。

 

もちろん、正しい瞑想法を実践している過程で、深い意識状態に入った結果として、

 

色や、その方の記憶に基づいた映像が現れたりすることは、よくあることです。

 

しかし、それが良いわけでも悪いわけでなく、あくまでも、

 

ある意識状態の結果として現れた現象であって、その現象が瞑想そのものではないということです。

 

瞑想状態とは、まさに真我に目覚め、真我で生きている状態そのものなのです。

 

私たちが普通に日常生活を真我の心で生きているその状態が、瞑想状態なのです。

 

日常のリアルの中で、真我を顕現していくことが最も重要なのです。

 

本書の中でも十分解説してきたとおり、私たちが捉えている世界、

 

私たちの頭の中に浮かんでくるすべての実体は「無い」のです。

 

その実体の無い、観念上の現象に焦点を当てると、

 

知らないうちに現実に生かせない、はき違えた癒しであり、

 

現実逃避に走ってしまう危険性があるのです。

 

 

「私の満月物語」

 

私は瞑想を座ってやるものだと勘違いしていた。

 

この内容に衝撃を受けている自分がいる。

 

最近、天が動いているとしか考えられないことにしばしば遭遇する。

 

「無い」「愛の光」の真我瞑想で、認識世界に捉われない、透明に近い心が

 

そのような現象を呼んでいるのかなと思う。

 

何かしているときにふっと、あれ瞑想していると気がつくことがる。

 

やっと真我の実践が出来るスタートラインに立てたのかもしれない。

 

下関の西森さんの主宰される達人の会「満月笑顔福岡の会」を立ち上げた。

 

西森さんが次のようなメールを下さった。

 

 

 

私の今の状態は、自分で決めたレール

 

(チーム達人で真我の実践集団を拡充する。地方に拠点を創る。)の上を、

 

汽笛を鳴らしたりしゅっしゅっと

 

蒸気を吐き出したりしながら

 

出会う人みんなに

 

客車の開いたドアから飛び乗ってくださいと

 

徐行運転をしている

 

そんな状態かな?

 

 

私もこの蒸気機関車に飛び乗った。

 

世界を変える

 

やってやる!

 

ニュートラル現象

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

私の尊敬する仲間がニュートラル現象で自分を見つめ直しています。

 

学長の真我の言魂でその内容を見つけましたので抜粋します。

 

 

ニュートラル現象について

 

スイッチを入れた後の自分を

今、想像しなくてもいい

なぜなら、そこからは全く違う物語が始まるからだ

今の物語の延長線上で

次の物語を見ようと思っても見えない

 

全く新しいストーリーが始まる

 

それには

スイッチを入れ替えればいいだけの話なのだ

 

チャンネルが変わった時に、一瞬、間がある

その間がニュートラル状態という瞬間がある

 

この番組からこの番組に移行する間に

ニュートラルな部分がある

 

ニュートラルの状態は、ずっと続かないのだ

次の番組に移る瞬間の間のわずかな時間なのだ

 

赤ちゃんがガラガラで楽しんでいる時もある

それが三輪車に乗って楽しい場合もある

それから、だんだんパソコンになるかもしれない

そのように、楽しい道具も変わってくる

 

その時に、ニュートラル状態のときがある

そのニュートラルも

『ああ、今、ニュートラルで、次なる移行する時だな』と、

それさえ楽しむ

そのように受け止める

 

新しい番組のとき、今までの番組が一瞬消えるから

一瞬不安になることもあるかもしれない

その時には思い切って

チャンネルを変えてしまえば

不安を持つ暇もなくなる

「愛されたい、認められたい」という心は

まだ不足している

認められないと言っているのと同じ

 

「愛されていた」と過去形にする

「認められていた」と過去形にする

 

なぜならば、自分は真我だから

 

すべて与えられていた

最初から認められていた

最初から愛されていた

真我はそういうことなのだ

 

最初から完璧だった

自分はそのように受け止めてなかっただけだ

 

最初から与えられていた

最初から認められいたということなのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙の意味

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

今日は佐藤康行の神技!カウンセリングの極意より抜粋します。

 

 真我開発講座を受けて出てきた涙の意味が少しずつ分かってきました。

それからというもの涙もろくなってきたわけも・・・

涙にはメッセージがある。

学長の言葉にハッと気づかされました。

 

 

 

【講話3

佐藤先生:

 

 相手は光そのものであり愛そのものであり。

 ですからいろんな愚痴や不満を言ってでもその人はもう愛してるから、

好きだから不満を言っている訳、どんな事をいっても愛の叫びなんです。

 愛を求める叫び、そこをオウム返ししてあげる。

 よろしいですか、相手は真我そのものが本当の相手の実態だから、

その真我を真我でオウム返ししてあげる。

 誰かが答えを貰うんじゃないんです。

 答えは自分の中にある。

 究極の答えは真我に目覚める、真我に目覚めた瞬間にもう答えが全部分かってくる。

 どこを質問してつくか。

 それによって必ず真我の方にでるように付き方をするんです、質問は。

 そうしたら人がに本当の自分に目覚めてどうだってなった時に

自分の中に答えがあふれでてくる訳です。

 

ここがもの凄く大事なとこです。

 

だからあなたにあなたをプレゼントするんです。

 

いいですね、あなたにあなたをプレゼントするんですよ。

 

たとえば、私はもう何も悩みはありませんとその瞬間に結構ちょっとまずいなと。

 

なぜならばじゃああなたの子供は、あなたの親は、あなたの兄弟は、

あなたの親戚は、あなたの職場の仲間は、あなたの地域社会の人は、

日本人は、世界の人はってなったらそれを自分の悩みとして考えれるようになったら違うでしょ。

 

自分の悩みだけ解決しておしまい。

 

まさにそれはエゴじゃないですか、ですよね。

 

まあそういう風にしてやって行くと広がっていく、いくらでもある訳です。

 

よろしいですね、だから子供の悩みは自分の悩みなんです。

 

よくそう思って「俺なんで涙が出てくるんだろう」実は自分の中にあるものが出て来たんです。

 

その自分の中に埋もれていたものがその涙は言葉なんです。

 

何かのメッセージをだしてる自分の中から出てきているメッセージなんです。

 

それが一つの答えなんですね。

 

その答えが何なのかっていう事はその涙はちゃんと文字にしたら文字にできるんです。

 

相当詳しくできるんです。

 

それを分かるようにしたらいい訳です。

 

皆んなその悩みに答えるっていう事はどういう事かって言うと、

相手が腐ったゴミを出してそのゴミに対してゴミをどうしようかって答えているんですよ。

 

おかしいでしょ。

 

ゴミを出したらあなたの家の黄金を出してあげるんです、ゴミなんてどうでもよくなるんです。

 

今言ったのそういう事なんです。

 

殆どの人はゴミに対してゴミを答えてるんです。

 

下手したらそのゴミをぶつけてる場合がある。本当ですよ。

 

自分がちっぽけだなと思っても、相手に注意されて思ってるんじゃないんです。

 

自分の中からでてきてそう思ったんです。

 

だから何の抵抗もないし自分の素晴らしさが出て来て自分の中に黄金が出て来て

、何て私はゴミで生きていたんだろうって自分を責めているようで責めてないんです。

 

ゴミしかないと思ったらゴミしかない私って喋るんです。

 

でも黄金がでてきたらゴミをいくら出て来たってどうって事ないんです、

黄金が本当の自分だから。

 

だから自分を責める事は無い訳、落ち込む必要が無い訳です。

 

代わりのもっと素晴らしい自分が出て来ているから。

 

分かってきましたね皆さん。

 

言葉いらないんです、そのオウム返しです。

 

で相手の事が全然分かってなくていいんです。

 

分かって無い方がむしろいい位です。

 

分かっているのは相手が真我そのものである事だけは分かっている。

 

 

 

真我瞑想の凄さ

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

昨日瞑想の素晴らしさについて触れました。

 

今日は真我瞑想について書かせて頂きます。

 

4月からずっと続いていた体の不調。

 

今日やっとその原因を突き止めました。

 

新しいクリニックで、カウンセラーや、瞑想指導を担当することの

 

プレッシャーからくるストレスであることが分かりました。

 

3時に目が覚め、体は元気なのに起きれない、だるい。

 

眠ろうと思っても眠れない。

 

気がつくと「無い」「無い」「無い」の瞑想をしていました。

 

しばらくすると、うん?何か変わってきたぞ!

 

そのまま、「無い」「無い」「無い」を繰り返していると起き上がれました。

 

そして、元気な時にしていたストレッチヨガができます。

 

その間も「無い」「愛の光」「無い」「愛の光」を繰り返しました。

 

体の辛さの正体はストレスだったのかとやっと気がつきました。

 

そういえば、メンタルヘルス講師の受験に行くときもすごいプレッシャーで

 

胃痛がしてきたときに、「無い」「無い」を自然に繰り返してどんどん症状が取れていったことを思い出しました。

 

心臓の手術後、心臓が痛むときに、学長に出会って真我瞑想の本を読んでいたので

 

「無い」「愛の光」を繰り返すうちに症状が軽くなることにびっくりし

 

これは間違いない、体の細胞が真理を知っているんだと感激したことを思い出しました。

 

今までは朝早く起きた時には、必ずきつくなって再度布団に入っていたのが

 

今日はこの瞑想で過ごしていると全く元気で、日頃しない仕事をどんどんさばいている自分がいます。

 

学長に出会った時に読んでいた「一瞬で宇宙と一つになれる真我瞑想」の本を読み直しました。

 

こんなに凄い本だったのかと衝撃を受けました。

 

よし、徹底的にこの真我瞑想を追求してみよう。

 

腹が座りました。

 

 

何のために生まれてきたか

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

昨日、一昨日と杉浦先生の瞑想セミナーに参加しました。

 

もう言葉では表現できないくらい感動しました。

 

何のために瞑想しないといけないか、瞑想すればどうなるのか

 

その神髄を学ばせて頂きました。

 

もうやるしかない、私が生きるのは何のためか、この肉体は

 

業カルマは何のためにあるのか、自分の中で明確になりました。

 

杉浦先生は、学長にお会いできた時と同じ衝撃を受けました。

 

こんな人見たことない。

 

すべてが利他の方です。

 

参加された皆様に名刺をお配りになり、いつでも電話をしてくださいと呼びかけられます。

 

おそらくご自分のことをされる時間はないに等しいのではないかと感じました。

 

瞑想で私たちの目の前で、参加者がどんどん変わっていかれる。

 

瞑想すればするほど、真我への確信が深まり

 

真我に覚醒するために瞑想は欠かせないという思いが強くなっていきます。

 

私は出会う方々になんという失礼な認識をしていたのか

 

愕然とさせられました。

 

学長が言われる三日月。

 

私たちの認識では真実は捉えられない。

 

真我の実践瞑想で透明にしていくしかありません。

 

最後の感想発表で、私が尊敬している方々が自分の良さを認められない発言をされているのを聞き、

 

怒りと悔しさで心が震え、不覚にも涙してしまいました。

 

世の中は、こんな方々で埋め尽くされているのかもしれない。

 

もう自分がやるしかない。

 

一人でも多くの方にその方の素晴らしさを伝えていかないといけない。

 

プロカウンセラーの道に決意がみなぎりました。

完全になること

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

今日も佐藤康行著「魂の開発講座」より抜粋してお伝えします。

 

「完全になって、不完全を見るのである。

 

不完全から完全を見たら、完全が不完全に見える。

 

眼鏡が凹凸だったら、真っ直ぐなものでも、曲がって見える。

 

だから、不完全から完全を見ても完全に見えないのである。

 

人間から神様を見ても、絶対に神様は分からないのである。

 

いくら見ても分からない。

 

頭で考えたって分からない。

 

どうしたらいいかというと、完全になることである。

 

完全になって、不完全を見ることである。

 

そして完全から自分の、今までの不完全を見るのである。

 

そうすると、本質がすぐ分かる。

 

キリスト教で、“神の子、罪の子”とよく言う。

 

これはどういうことかというと、本当は神の子であるあるのだけれど、

 

人間はそのことを自覚しないことが罪になるということである。

 

神様のようにいかないのである。

 

簡単に言うと、自分勝手にやってしまうのである。

 

だから、全員神の子であり、罪の子であると言っていいのである。

 

人の欠点は見なくていい。

 

長所を見ることである。

 

「あなたは駄目だから、これを治せ!」というより、

 

「あなたは素晴らしいから、これを伸ばしなさい」といった方が人間頑張るのである。

 

私は素晴らしいというのは、いいことなのである。

 

「私は素晴らしい人間なのです」と自覚することが、本当は一番謙虚なのである。

 

 

「私の満月物語」

 

メディアで、人を騙して高額なお金を手に入れ、そのお金で異性と付き合っていた

 

情報を目にする。

 

今までの自分は、「なんという愚か者」という見方で、軽蔑のまなざしを向けていた。

 

この人は愛の代償に人を騙してお金を手に入れ、

 

お金と引き換えに愛を手に入れようとしている寂しい方なんだ

 

と思える自分がいる。

 

学長が言われる全ては愛の叫びであるということが見えてくる。

 

真理の世界には、業・カルマはない。

 

その人の奥にある光だけを見つめていきたい。

 

光の存在になりたい。

 

真我の実践があるのみ。