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欲望の時代の終わり・本当の自分、真我の時代

精神世界の旅が終わり、真我で出発します

ニュートラル現象

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

私の尊敬する仲間がニュートラル現象で自分を見つめ直しています。

 

学長の真我の言魂でその内容を見つけましたので抜粋します。

 

 

ニュートラル現象について

 

スイッチを入れた後の自分を

今、想像しなくてもいい

なぜなら、そこからは全く違う物語が始まるからだ

今の物語の延長線上で

次の物語を見ようと思っても見えない

 

全く新しいストーリーが始まる

 

それには

スイッチを入れ替えればいいだけの話なのだ

 

チャンネルが変わった時に、一瞬、間がある

その間がニュートラル状態という瞬間がある

 

この番組からこの番組に移行する間に

ニュートラルな部分がある

 

ニュートラルの状態は、ずっと続かないのだ

次の番組に移る瞬間の間のわずかな時間なのだ

 

赤ちゃんがガラガラで楽しんでいる時もある

それが三輪車に乗って楽しい場合もある

それから、だんだんパソコンになるかもしれない

そのように、楽しい道具も変わってくる

 

その時に、ニュートラル状態のときがある

そのニュートラルも

『ああ、今、ニュートラルで、次なる移行する時だな』と、

それさえ楽しむ

そのように受け止める

 

新しい番組のとき、今までの番組が一瞬消えるから

一瞬不安になることもあるかもしれない

その時には思い切って

チャンネルを変えてしまえば

不安を持つ暇もなくなる

「愛されたい、認められたい」という心は

まだ不足している

認められないと言っているのと同じ

 

「愛されていた」と過去形にする

「認められていた」と過去形にする

 

なぜならば、自分は真我だから

 

すべて与えられていた

最初から認められていた

最初から愛されていた

真我はそういうことなのだ

 

最初から完璧だった

自分はそのように受け止めてなかっただけだ

 

最初から与えられていた

最初から認められいたということなのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涙の意味

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

今日は佐藤康行の神技!カウンセリングの極意より抜粋します。

 

 真我開発講座を受けて出てきた涙の意味が少しずつ分かってきました。

それからというもの涙もろくなってきたわけも・・・

涙にはメッセージがある。

学長の言葉にハッと気づかされました。

 

 

 

【講話3

佐藤先生:

 

 相手は光そのものであり愛そのものであり。

 ですからいろんな愚痴や不満を言ってでもその人はもう愛してるから、

好きだから不満を言っている訳、どんな事をいっても愛の叫びなんです。

 愛を求める叫び、そこをオウム返ししてあげる。

 よろしいですか、相手は真我そのものが本当の相手の実態だから、

その真我を真我でオウム返ししてあげる。

 誰かが答えを貰うんじゃないんです。

 答えは自分の中にある。

 究極の答えは真我に目覚める、真我に目覚めた瞬間にもう答えが全部分かってくる。

 どこを質問してつくか。

 それによって必ず真我の方にでるように付き方をするんです、質問は。

 そうしたら人がに本当の自分に目覚めてどうだってなった時に

自分の中に答えがあふれでてくる訳です。

 

ここがもの凄く大事なとこです。

 

だからあなたにあなたをプレゼントするんです。

 

いいですね、あなたにあなたをプレゼントするんですよ。

 

たとえば、私はもう何も悩みはありませんとその瞬間に結構ちょっとまずいなと。

 

なぜならばじゃああなたの子供は、あなたの親は、あなたの兄弟は、

あなたの親戚は、あなたの職場の仲間は、あなたの地域社会の人は、

日本人は、世界の人はってなったらそれを自分の悩みとして考えれるようになったら違うでしょ。

 

自分の悩みだけ解決しておしまい。

 

まさにそれはエゴじゃないですか、ですよね。

 

まあそういう風にしてやって行くと広がっていく、いくらでもある訳です。

 

よろしいですね、だから子供の悩みは自分の悩みなんです。

 

よくそう思って「俺なんで涙が出てくるんだろう」実は自分の中にあるものが出て来たんです。

 

その自分の中に埋もれていたものがその涙は言葉なんです。

 

何かのメッセージをだしてる自分の中から出てきているメッセージなんです。

 

それが一つの答えなんですね。

 

その答えが何なのかっていう事はその涙はちゃんと文字にしたら文字にできるんです。

 

相当詳しくできるんです。

 

それを分かるようにしたらいい訳です。

 

皆んなその悩みに答えるっていう事はどういう事かって言うと、

相手が腐ったゴミを出してそのゴミに対してゴミをどうしようかって答えているんですよ。

 

おかしいでしょ。

 

ゴミを出したらあなたの家の黄金を出してあげるんです、ゴミなんてどうでもよくなるんです。

 

今言ったのそういう事なんです。

 

殆どの人はゴミに対してゴミを答えてるんです。

 

下手したらそのゴミをぶつけてる場合がある。本当ですよ。

 

自分がちっぽけだなと思っても、相手に注意されて思ってるんじゃないんです。

 

自分の中からでてきてそう思ったんです。

 

だから何の抵抗もないし自分の素晴らしさが出て来て自分の中に黄金が出て来て

、何て私はゴミで生きていたんだろうって自分を責めているようで責めてないんです。

 

ゴミしかないと思ったらゴミしかない私って喋るんです。

 

でも黄金がでてきたらゴミをいくら出て来たってどうって事ないんです、

黄金が本当の自分だから。

 

だから自分を責める事は無い訳、落ち込む必要が無い訳です。

 

代わりのもっと素晴らしい自分が出て来ているから。

 

分かってきましたね皆さん。

 

言葉いらないんです、そのオウム返しです。

 

で相手の事が全然分かってなくていいんです。

 

分かって無い方がむしろいい位です。

 

分かっているのは相手が真我そのものである事だけは分かっている。

 

 

 

真我瞑想の凄さ

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

昨日瞑想の素晴らしさについて触れました。

 

今日は真我瞑想について書かせて頂きます。

 

4月からずっと続いていた体の不調。

 

今日やっとその原因を突き止めました。

 

新しいクリニックで、カウンセラーや、瞑想指導を担当することの

 

プレッシャーからくるストレスであることが分かりました。

 

3時に目が覚め、体は元気なのに起きれない、だるい。

 

眠ろうと思っても眠れない。

 

気がつくと「無い」「無い」「無い」の瞑想をしていました。

 

しばらくすると、うん?何か変わってきたぞ!

 

そのまま、「無い」「無い」「無い」を繰り返していると起き上がれました。

 

そして、元気な時にしていたストレッチヨガができます。

 

その間も「無い」「愛の光」「無い」「愛の光」を繰り返しました。

 

体の辛さの正体はストレスだったのかとやっと気がつきました。

 

そういえば、メンタルヘルス講師の受験に行くときもすごいプレッシャーで

 

胃痛がしてきたときに、「無い」「無い」を自然に繰り返してどんどん症状が取れていったことを思い出しました。

 

心臓の手術後、心臓が痛むときに、学長に出会って真我瞑想の本を読んでいたので

 

「無い」「愛の光」を繰り返すうちに症状が軽くなることにびっくりし

 

これは間違いない、体の細胞が真理を知っているんだと感激したことを思い出しました。

 

今までは朝早く起きた時には、必ずきつくなって再度布団に入っていたのが

 

今日はこの瞑想で過ごしていると全く元気で、日頃しない仕事をどんどんさばいている自分がいます。

 

学長に出会った時に読んでいた「一瞬で宇宙と一つになれる真我瞑想」の本を読み直しました。

 

こんなに凄い本だったのかと衝撃を受けました。

 

よし、徹底的にこの真我瞑想を追求してみよう。

 

腹が座りました。

 

 

何のために生まれてきたか

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

昨日、一昨日と杉浦先生の瞑想セミナーに参加しました。

 

もう言葉では表現できないくらい感動しました。

 

何のために瞑想しないといけないか、瞑想すればどうなるのか

 

その神髄を学ばせて頂きました。

 

もうやるしかない、私が生きるのは何のためか、この肉体は

 

業カルマは何のためにあるのか、自分の中で明確になりました。

 

杉浦先生は、学長にお会いできた時と同じ衝撃を受けました。

 

こんな人見たことない。

 

すべてが利他の方です。

 

参加された皆様に名刺をお配りになり、いつでも電話をしてくださいと呼びかけられます。

 

おそらくご自分のことをされる時間はないに等しいのではないかと感じました。

 

瞑想で私たちの目の前で、参加者がどんどん変わっていかれる。

 

瞑想すればするほど、真我への確信が深まり

 

真我に覚醒するために瞑想は欠かせないという思いが強くなっていきます。

 

私は出会う方々になんという失礼な認識をしていたのか

 

愕然とさせられました。

 

学長が言われる三日月。

 

私たちの認識では真実は捉えられない。

 

真我の実践瞑想で透明にしていくしかありません。

 

最後の感想発表で、私が尊敬している方々が自分の良さを認められない発言をされているのを聞き、

 

怒りと悔しさで心が震え、不覚にも涙してしまいました。

 

世の中は、こんな方々で埋め尽くされているのかもしれない。

 

もう自分がやるしかない。

 

一人でも多くの方にその方の素晴らしさを伝えていかないといけない。

 

プロカウンセラーの道に決意がみなぎりました。

完全になること

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

 

今日も佐藤康行著「魂の開発講座」より抜粋してお伝えします。

 

「完全になって、不完全を見るのである。

 

不完全から完全を見たら、完全が不完全に見える。

 

眼鏡が凹凸だったら、真っ直ぐなものでも、曲がって見える。

 

だから、不完全から完全を見ても完全に見えないのである。

 

人間から神様を見ても、絶対に神様は分からないのである。

 

いくら見ても分からない。

 

頭で考えたって分からない。

 

どうしたらいいかというと、完全になることである。

 

完全になって、不完全を見ることである。

 

そして完全から自分の、今までの不完全を見るのである。

 

そうすると、本質がすぐ分かる。

 

キリスト教で、“神の子、罪の子”とよく言う。

 

これはどういうことかというと、本当は神の子であるあるのだけれど、

 

人間はそのことを自覚しないことが罪になるということである。

 

神様のようにいかないのである。

 

簡単に言うと、自分勝手にやってしまうのである。

 

だから、全員神の子であり、罪の子であると言っていいのである。

 

人の欠点は見なくていい。

 

長所を見ることである。

 

「あなたは駄目だから、これを治せ!」というより、

 

「あなたは素晴らしいから、これを伸ばしなさい」といった方が人間頑張るのである。

 

私は素晴らしいというのは、いいことなのである。

 

「私は素晴らしい人間なのです」と自覚することが、本当は一番謙虚なのである。

 

 

「私の満月物語」

 

メディアで、人を騙して高額なお金を手に入れ、そのお金で異性と付き合っていた

 

情報を目にする。

 

今までの自分は、「なんという愚か者」という見方で、軽蔑のまなざしを向けていた。

 

この人は愛の代償に人を騙してお金を手に入れ、

 

お金と引き換えに愛を手に入れようとしている寂しい方なんだ

 

と思える自分がいる。

 

学長が言われる全ては愛の叫びであるということが見えてくる。

 

真理の世界には、業・カルマはない。

 

その人の奥にある光だけを見つめていきたい。

 

光の存在になりたい。

 

真我の実践があるのみ。

 

 

 

 

心が環境をつくる

今日も佐藤康行著「魂の開発講座」より抜粋してお伝えします。

「私は心が一度死んでしまったのである。

それで私は必死に何とかしようとして、心のドアを開いたのである。

自分の心が変化しただけなのに太陽の光が燦々と入ってくるようになったのである。

電話はどんどん鳴るし、人はたくさん訪ねてくるようになるし、

自分自身も売れっ子になり、会社はどんどん伸びていくイメージが浮かんだのである。

そして、実際にその通りになったのである。

今は自由自在である。

本を何冊も出すことが出来るようになったのである。

虚しくならないことは自分の魂を素晴らしいものにしていくことである。

魂は無限なのであるから、生涯虚しくならないのである。

もう一つは人に喜んでもらって、自分も喜ぶ、つまり調和なのである。

死ぬときに“死なないで、好きだよ”という声が聞こえるということは

どういうことかと言うと、自分がそういう心があるからなのである。

そういう愛の心があるから声が聞こえてくるのである。

自分に人を疑う心があれば聞こうにも聞けないのである。

自分にとっては心が環境になるのである。

つまり、自分の心がこれから先の環境になるのである。

そして、人の集まりは心の集まりとなり、

自分の心に合った環境がつくり上げられていくのである。

類は類を呼ぶというが、自分が良い心になれば、良い心の人が集まってくるのである。

そして、自分が素晴らしい心になるのである。

人を変えようとするのではないのである。

それは無駄な努力である。

即ち、人は自分の意志で変わることは受け入れやすいが

人に変えられるのは嫌うものなのである。

良い声を聞くには、まず、自分が良くなることである。

無心になることである。」


「私の満月物語」

ブッダが唱えられたダンマパダの50に次のような内容が載っている

「他人の過ちや、したこと、

しなかったことなど、

見る必要はない。

自分を観るべきだ。

なにをしているか、

なにをしていないのか、と。」

初めて見た時は全く分からなった。

学長に出会ってやっと意味が理解できた。

同じくダンマパダの1には心について学長が言われている同じ内容のものが載っています。

「あらゆるものの中で、先立つものは心である。

あらゆるものは、心を主とし、

心によってつくりだされる。

もしも汚れた心で話したり行ったりするならば

苦しみはその人につきまとう。

荷車を引く牛に車輪がついていくように。

もう一度自分の心に繰り返したい。

「自分の心が環境をつくる」

良い声を聴くには、まず、自分が良くなることである

無心になることである」

 

現象の奥を見る

今日もメッセージをお読み頂きありがとうございます。

今日も佐藤康行著「魂の開発講座」より抜粋してお伝えします。

大きな視野から物を見ることが大事なのである。

一番大きな視野が神様であり、宇宙そのものである。

つまり極限なのである。

範囲などないのである。

自分の中に無限の力、愛、知恵があり、私は素晴らしいのだということを自覚することである。

自分が他人の評価をし、人の欠点が見えるということは自分にも同じ欠点があるからなのである。

だから自分が素晴らしい人間であれば、人の素晴らしい所しか見えないのである。

相手の魂が分かれば、プラスに考えることが出来るようになるのである。

表に出てきていると善と悪を見るのではなく、その奥にあるものを見るのである。

病気等も注意を与えているという意味では愛なのである。

それに気づかない、耳を貸さない自分に問題があるのである。

これでもか、これでもかと言ってくれているのに耳を傾けない自分に問題があるのである。

常に教えてくれているのであるから、耳を傾ける習慣を身につけることである。

これは何を教えようとしているのかと考えることが大事なのである。

心を澄まして聞いてほしい。

そうすると全てのことに意味があることが分かるはずである。

とても感動するはずである。

生きているということがどれだけ素晴らしいことなのか実感しなければならないのである。

実感すると今の百倍でも、千倍でも素晴らしく生きることが出来るようになるのである。

もう何もしなくても幸せな気分になるのである。


「私の満月物語」


今日、ふと自分を振り返ってみて気がついたことがある。

私は学長に会う前から、原始仏教を学び、ひたすら悟りの世界にあこがれて

自分の全エネルギーをそこに傾けてきた。

今気がつくと、あれだけ憧れてきた悟りの世界を経験させてもらっている。

全てが真我であり、全てが愛であり、完璧な姿を見ている。

まだまだ見ようとする世界であるが、これが悟りの世界であることが

明白に見える世界を味わっている。

そして、真我で生きれば全ての方々の悟りの協力ができる。

カウンセラーの道はまさにその道そのもの。

気がつけば、もう何もいらない世界に住んでいた。